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家づくりコラム

2025.09.11

住宅断熱リフォームが守る子供から高齢者の健康 第 3 回:医学的エビデンスに基づく高断熱住宅のメリット

第 3 回の今回は、2014 年から始まった国土交通省の補助事業における研究結果より、「医学的エビデンスに 基づく高断熱住宅のメリット」について詳しくご紹介いたします。

 

日本住宅の 9 割が WHO 基準を満たさない現実 

 全国 2,200 件の住宅を対象とした大規模調査により、日本における深刻な住宅事情が明らかになりました。 WHO(世界保健機関)が強く勧告する「冬季室温 18 度以上」の基準を満たしている住宅は、わずか 1 割程しか存在しなかったのです。 地域格差も深刻で、北海道では夜昼平均室温が 20 度と余裕を持って WHO 基準をクリアしている一方、福井県は 16 度、最も低い香川県では 13 度という結果となりました。 この室温の実態調査結果は、先述した冬季死亡者増加率の地域差と綺麗に対応しています。科学的データに より、住宅の室温と健康被害の因果関係が明確に示されたのです。

 

室温の低さは血圧へ深刻な影響を及ぼす

 従来、高血圧の主要因は塩分過多、喫煙、野菜不足、運動不足などの生活習慣とされてきました。しかし、 大規模調査により、室温の低さが生活習慣と同様に血圧に影響することが医学論文として発表されています。

 

 具体的な数値で示すと、30 歳男性の場合、朝方の室温 20 度の住宅では血圧 114mmHg であるが、室温 10 度まで下がる住宅では 118.4mmHg(約 4mmHg 上昇)となります。この差は年齢とともに拡大し、80 歳男 性では 20 度の住宅で 140mmHg、10 度の住宅では 150mmHg と、10mmHg もの差が生じ、高齢者ほど影響 が大きいという結果です。
 女性の場合、若年時は男性より血圧が低いものの、高齢期には男性並みに上昇し、寒冷環境での血圧上昇幅 は男性を上回る傾向にあります。10mmHg の血圧差は、脳卒中リスクや冠動脈疾患リスクを 2〜6 倍に増加させることが知られています。こ こからも住宅の断熱性能の向上が、いかに重要かが理解できるでしょう。

 

室温による血管収縮メカニズムの解明 

 室温による血圧上昇のメカニズムは、科学的に解明されています。温かい環境では血管が拡張しますが、寒冷環境では血管が収縮し血圧は上昇します。この現象が毎日毎晩繰り返されることで動脈硬化が進行し、最終的に心筋梗塞や脳卒中の発症に至るのです。
また、断熱改修による血圧改善効果も実証されています。断熱改修により平均 3mmHg の血圧低下が確認さ れ、これは日本の以前からある健康政策目標「生活習慣改善による 4mmHg 低下」に匹敵する効果です。 生活習慣の改善には 20 年程度の長い期間を要しますが、それに加えて住環境の改善である「生活環境病対策」を行うことで、もっと多くの命を救えると言われています。

 

室温はコレステロール値や心電図にも影響する 

 住宅の室温は、健康診断の各種数値にも明確な影響を与えることが確認されました。 まずは、Non-HDL コレステロール((悪玉コレステロール)についての結果です。室温 12 度未満の住宅居 住者は、18 度以上の住宅居住者と比較して、Non-HDL コレステロール(が基準値を超える人の割合が 1.7 倍高くなりました。 次に、心電図異常が見られる人の割合についても、18 度未満の住宅では、18 度以上の住宅居住者と比較し て 1.8〜2.2 倍程度高い結果となっています。 これらの研究により、WHO が設定した「冬季室温 18 度基準」の妥当性が、日本人「住宅」データで科学的 に裏付けられたのです。

 

 

 

高断熱住宅で過活動膀胱と夜間頻尿のリスクを下げる 

 高断熱住宅の健康メリットは、循環器系疾患だけにとどまりません。 過活動膀胱(頻尿)についても、室温 12 度未満の住宅居住者は 18 度以上の住宅居住者と比較して約 1.4 倍 発症しやすいことが論文で発表されました。 過活動膀胱はそれ自体が疾患ではありますが、二次的な健康被害も引き起こします。 たとえば、夜間トイレに行きたくなった際に、温かい布団から寒いトイレへの移動が嫌でトイレを我慢す る。そうすることで眠れなくなり、睡眠の質が悪化するケースがあります。 他には、暗い中トイレに行く際に、住宅内のわずかな段差で転倒し、重篤な事故につながるケースも考えられます。

 

 

寝室の温度が睡眠の質へ影響する 

 寝室の温度と湿度が睡眠に与える影響も研究されています。寝室の寒さの自覚と睡眠の質の関連を評価した 研究では、冬季に寝室が寒いと感じる場合、睡眠障害の発生率が有意に高いという結果が得られました。 また、寝室の乾燥の自覚と睡眠の質を評価した研究では、乾燥すると感じている人ほど睡眠の質が良くない という結果になっています。

 

 

身体的ストレスの軽減で精神的健康への効果も

 住宅の断熱・気密性能は、身体的健康だけでなく精神的健康にも大きく影響します。うつ病などの精神疾患 の発症率も、住宅の環境性能で説明できることが医学論文で示されているのです。 たとえば、断熱改修での断熱・気密性能の向上により、遮音性能が改善され、交通騒音などの外部ストレス が軽減することがあります。
他にも、結露の発生が抑制されることでカビの繁殖が防がれ、カビを餌とするダニの増殖も抑えられるでしょう。これにより、アレルギー性疾患や呼吸器疾患の改善も期待されます。このように身体的ストレスの軽 減が精神的健康の向上につながるのです。

 

足元が温かい住まいでは転倒事故が劇的に減少

 住宅内転倒事故についても、室温管理により転倒を減らせると示している論文があります。 室温と転倒の回数を調査した研究では、足元の室温が 18 度以上に保たれている住宅では、年 2 回以上の転 倒発生率が 3 割程度に抑えられていました。
断熱性能が低い住宅でも暖房を強めに使用することで、頭上は温かくなりますが、足元は冷たいままとなる 傾向があります。断熱・気密性能が向上すれば、弱めの暖房で足元まで温かくなり、転倒リスクを大幅に軽 減できると言えるでしょう。

 

温度・湿度の管理で子どもの健康への長期効果も 

​​ 子どもの健康に対する住環境の影響も研究されています。断熱性能を向上させ 18 度の暖かさを保つことで、 子どもの風邪を有意に減らせるという研究結果が得られました。 また、子どもの中耳炎発症率については、室温だけでなく湿度管理の重要性が確認されています。
冬場の低 すぎる、または、高すぎる湿度は、中耳炎の発症を有意に増加させてしまう結果となりました。 適切な断熱・気密・換気システムにより、温度と湿度の両方を最適範囲に保つことが、子どもの健康に欠か せない条件といえるでしょう。

 

女性の月経前症候群や冷え性の改善 

 子育て期の女性に対する住環境の影響も見逃せません。 足元室温 17 度と 19 度の住宅を比較した調査では、温かい住宅に住む女性は月経前症候群(PMS)の発症率 が 3 割少ないという結果に。 また、肩こり・腰痛・手足の冷えについても、足元の温度と住宅全体(廊下・脱衣所を含む)が 18 度以上に 保たれていれば、18 度以下の住宅よりも症状を 3 割程度に抑えられることが確認されました。 このように、住宅を暖かく保つことは、子育て期の女性のつらい症状を改善することが可能であると結論付けられます。

 

 

医学的エビデンスが証明する住宅と健康の密接な関係 

 全国 2,200 件の住宅調査により、血圧、循環器疾患、過活動膀胱、睡眠障害、うつ病、転倒事故、子どもの 風邪・中耳炎、女性の PMS まで、住環境が健康の幅広い領域に影響していることが医学的に証明されまし た。 住宅の断熱・気密性能向上は、単なる快適性ではなく生命に関わる重要な健康政策なのです。

 

 次回の記事では、「断熱住宅の経済的メリットと将来性」についてご紹介します。